俳聖松尾芭蕉の傑作「古池や蛙飛びこむ水の音」は誰でも御存じの名句です。江戸で人気俳諧師だった芭蕉が41歳のとき、俗にまみれた俳諧の現状を苦慮して自らの句風を追求するために西方へ旅立ち、新境地にたどり着きました。その集大成として43歳のときにこの句を発表しています。俳諧集「蛙合(かわずあわせ)」の第1句です。言葉遊びだった俳諧を芸術性の高い文芸へと高めた初めての句だと言われています。日本人だったらこの句から詩情豊かな風景を思い浮かべることができるでしょう。
ところで、文芸評論家の森本哲郎(森本毅郎アナウンサーの兄)は、アフリカサハラ砂漠のオアシスの木陰に寝そべって松尾芭蕉と与謝蕪村の句集を読むという体験をしています。乾燥しきった砂漠の上に蜃気楼が浮かぶように、豊富な水に恵まれ緑に覆われた日本の情景が思い浮かんだそうです。そして、水を詠んだ句が非常に多いことに気付きました。現地のガイドに「古池や蛙飛びこむ水の音」のすばらしさを一生懸命説明したところ、この五七五に込められた詩情をまったく理解してくれなかったそうで、「石を投げ込んだって水の音はするだろう。」とか、「水の音は泉の深さを測るのに役立つので命にとっては大切な音だ。」という文芸とは関係ない返事が返ってきたそうです。そのとき、日本人の情感に寄り添って伴奏しているのは水の音なのだと悟ったそうです。与謝蕪村には「春の海ひねもすのたりのたりかな」があります。
最近は豪雨や台風の被害が大きく、芭蕉の「五月雨を集めてはやし最上川」は名句ですが、つらい思いも誘います。地球温暖化は文芸鑑賞にも影響を及ぼし、深刻ですね。